

出家後、苦行六年、ブッダ(仏陀)は菩提樹の下で悟りを開いたあと、こころ穏やかに立ち上がり力強く歩み始めた。
この一歩こそが仏教の誕生の時であり、これから45年にも及ぶ布教の第一歩であったのだ。
45年もの説法の内、最後の8年間に説かれたものが法華経である。
その法華経を説かれたのが霊鷲山であった。
この経典にはインドの身分階級制度であるカースト制度を認めない大乗思想が説かれている。
ブッダが悟られた真理とは、生きること自体が苦悩であり、その苦悩を自らが正しく解決する事が重要である。
その上、人の苦しみや痛みを共感でき、同情心をもてば人の苦悩まで解決できる。
『仏の心とは 大慈悲なり』と、言われるように、仏教が智恵と慈悲の教えであると言われるのはこのためである。
クシナーラ
取材地 インド・ウッタル・プラデーシュ州
清らかな仏の国土(浄仏国土)にしたいと願いつつ、ブッダは80歳の生涯を閉じられた。
ブッダ亡きあと100年後、その教えは、インド統一を成し遂げ、仏教に帰依したマウリア王朝第三代アショカ王によって、インド全域に広められた。
だが、13世紀に入り、イスラム教徒によって仏教の姿は消えた。
大雁塔
取材地 中国・西安
インドの大地に誕生した仏教は、艱難辛苦(かんなんしんく)、三蔵法師として知られる玄奘三蔵等、多くの巡礼者達によって海を越え、シルクロードなどを経て、
幾世紀にもわたり世界に広まっていった。
そして今や、世界四大宗教の一角をなすほどに成長している。
特に日本は世界最大の仏教国となっている。
遥か昔より、 日本人はブッダの生まれ育たれたふるさとを天竺と呼び、尊き国、神秘な国として崇めて来た。
いま、2,500年という時を超え、ブッダのふる里インドを訪ね、 その生涯と足跡を辿ってみようではないか。 ブッダの教えが何ゆえ日本人の心を捉え、今に生き続けているのだろうか。
まだ暗い早朝より、聖なる河、ガンガーをヒンドゥー教徒の捧げた灯明が、 ほのかな輝きを川面に写し流れゆく。
ニューデリーから列車で14時間、 ガンガー河の中流域にあるバァラーナシーは、 ヒンドゥー教最大の聖地である。
敬虔なヒンドゥー教徒は「一生に一度でも」と、シヴァ神に由来する、 聖なるガンガーの流れに身をひたし、沐浴できる事を願って止まない。 自らの心身の罪、汚れをガンガー河に流すことによって、輪廻転生から開放され、天国に行けると信じているからである。
富める者も、貧しき者も、そして、生きるものも、死せる者も、ガンガー河は全てを飲み込み、遥かなる時空を超え流れゆく。
アショーカ王石柱
取材地 インド・ヴァイシャリー
現実と神話の世界が渾然一体となったインド。
インダス文明発祥の地であるインドは、 メソポタミアやエジプトと並び、早くから文明が開けた国である。
計り知れぬ悠久の時をゆっくりと刻み続けるインドは、自然、人種、宗教など、あらゆる面において多様性に富み、眼もくらむばかりである。
そうした複雑な人種や言語が混じりあい、統一した文化が形成された。
凡そ329万平方キロという日本の約9倍の面積と、10億人を超える人口を持つインドは、どこの街を訪れても活気に満ちあふれ賑やかである。
現在のインドは、25州と7つの直轄地からなり、民族の数は数百と言われる。
言語はおよそ840種、公用語だけでも十八言語もある。
宗教はヒンドゥー教、イスラム教、シーク教、ジャイナ教、ゾロアスター教、キリスト教、仏教が信仰されている。
まさに、多民族、多言語、他宗教の国である。
インドでは様々な神々が信仰されている。
ブッダも神話上の架空の人物と考えられた事もあった。
しかし、ニューデリーにあるインド国立博物館にはブッダの遺骨と伝えられる仏舎利が残されている。
古代インドでは、歴史を正確に記録する習慣がなかったために、当時の国の様子や思想は今もって定かではない。
そうした中で、極めてまれな事に、ブッダが実在した人物であったことは知られている。
次章は「サーンチー遺跡によるブッダの生涯」をお送りいたします。