

生後まもなくシッダッタは、ヒマラヤ山中に住むアシタ(阿私陀仙)という仙人によって、将来を予言された。
アシタ仙人は、シッダッタを抱いて、「世界を征服する転輪聖王、すなわち、争いをせずに世界を統一する理想的な帝王になるか、出家をすれば世の中の人々を救うブッダとなられるであろう」と、予言した。
アシタ仙人は予言のあと、ハラハラと涙を流しながら言った。
「偉大な教えを説かれる仏がこの世にお生まれになったというのに、私の寿命はそれまで持ちません」と。
仙人はこう語った後、もう一度涙を流すと、深く篤く王子を礼拝し、宮殿を去っていった。
喜びの裏には悲しみもあった。
偉大な王子の誕生で喜びの絶頂にひたっていた釈迦族の人々は、突然驚きと悲しみのどん底に、突き落とされた。
シッダッタがお生まれになって7日目に、なんと悲しい事か母親 マーヤー夫人が、お亡くなりになってしまった。
マーヤー夫人の「マーヤー」とは、インドの聖典によると、「神の不思議な霊力」を意味した。
と、するならばマーヤー夫人は、偉大なるブッダを生むために、この世に生を受け、ブッダを生んだ後、その使命を果たし天上界にお帰りになったのであろうか。
国王スッドーダナは妃亡き後、妃の妹 マハー・パジャーパティーを王妃とし、ゴータマ・シッダッタの養育にあたらせた。
やがて、王妃マハー・パジャーパティーに、アーナンダという男の子が生まれた。
後にこのナンダは、ブッダに従って出家をし、ブッダの弟子の一人となる。
また、マハー・ジャーパティーも出家し、比丘尼となり、仏教史上最初の尼僧となった。
厳しいカースト社会の中、ゴータマ・シッダッタは、クシャトリヤ、つまり、釈迦族の王子としてお生まれになったのである。
小さい国ながら、釈迦族の部族国家を継ぐべきゴータマ・シッダッタは、カピラ城で青春の日々を送っていた。
ピプラーワーの南西約一キロのガンワリヤ遺跡から僧院が発掘されている。
僧院は、建物を囲むかのように、個室である瞑想室を配している。
こうした僧院跡などが発掘されているものの、ブッダが少年時代を過ごされたカピラ城は、はるかな過去に埋もれ定かでない。
しかし、ブッダの少年時代をこの地に立って想い返す時、吹き過ぎる風に、その温もりを感ぜずにはいられない。
釈迦族の中心であったカピラヴァットゥの所在について、現在二つの遺跡が候補地とされている。
これまで、カピラヴァットゥは、ルンビニーの西、ネパール領のティラウラ・コットであるといわれていた。
しかし、1973年インド政府が、北インドを発掘した結果をもとに、カピラヴァットゥは、現在のインド領ピプラーワーであると主張した。
この地はかつて1898年、イギリスのペッペがブッダの遺骨が入った舎利容器を発見した場所である。
その容器にはブラーフミー文字で「これがブッダの遺骨である」と記されていた。
そして、それから半世紀後このピプラーワーで、インド政府が発掘をおこない、さらに下の層から、新たに二個の舎利容器を発見したのである。中には遺骨があった。
そうした事から、ピプラーワーこそがブッダの故郷であると言われて来たが、まだ定かではない。
戦雲垂れ込める時代ではあったものの、学問、武芸に、己を磨くゴータマ・シッダッタは、王子として大変恵まれた何一つ不自由のない境遇におられた。 しかし、いかに優雅な生活の中にあっても、満たされないものを感じられていた。
永い歴史の間、絶える事なく戦いは続いている。
何故、生き物はお互いに殺し合うのか。
お生まれになって間もなく母と別れたゴータマ・シッダッタは悲しみと同時に人間の死とは何かを深く考え、苦悩に陥られるのであった。
ある日、東の城門を馬車に乗って出られたゴータマ・シッダッタは、痩せ衰えた老人に出会われた。
南の城門を出ると病人に会い、西の城門を出ると死人を見られた。
最後に北門を出られた時、出家者の心穏やかな顔を見た。
これこそが自分の求めている理想の世界ではないかと考えられた。
これは、「四門出遊」の伝説として語り継がれている。
「老」、「病」、「死」は、何人も、避ける事ができないものであり、超える事が出来ないものである。
にもかかわらず、人の老、病、死を見て、嫌悪し、悩み、恐れるのか。
シッダッタは自分自身の心に深い疑問を持たれた。
『宮廷での栄耀栄華の生活も、この健康な肉体も、人からうらやましがられる若さも、一体、何であるか。
人は年をとれば老いる。いつか病気にかかる。
その上、年をとればいつしかは死を迎える。
若さも、健康も、生きている事も、一体どのような意味があるのだろうか』
ゴータマ・シッダッタは悩み抜かれたのち、人間が生きるという事は、何かを求めている事に他ならない。
しかし、この求める事については、間違ったものを求める事と、正しい事を求める事の二つがある。
間違ったものとは、自分が年をとる事もなく、病気にもかからず、死ぬ事も無いという事である。
正しいものを求めるとは、この誤りを悟って、老いと病と死とを超えた、人間の苦悩の全てを離れた境地を求める事ではないだろうか。 シッダッタは、今の自分が誤ったものを求めているに過ぎないと考えられた。
自分自身が若いことをおごり、
自分自身が健康であうことをおごり、
自分自身がいきていることをおごる。
おごりとは、人間にとって自然なものだが、同時に虚しいものなのである。
しかし、その虚しさに気付く人は少ない。
強い者は弱い者をしいたげ、若さを無益に費やし、健康も無駄に費やす。忙しさに紛れ、自然な欲望に従って、生きている間に成すべき事を忘れてしまう。
ゴーダマ・シッダッタは、むさぼり、いかり、おろかさが人間を誤らせている事に気付かれたのであった。
だからこそ、それを超えた世界を求めようとされたのである。
その上、自分は生まれながら王子という恵まれた地位にあるものの、何故、人は生まれながらにして、差別をされなくてはならないのであろうか。
苦しまなければならないのであろうか。
しかも、全ての世界は人間も動物も、弱肉強食の争いが続けられている。
釈迦族のカピラヴァトゥという小さな国も、いつコーサラ国に飲み込まれるか分からない。
苦しみや不安のない世界はないのだろうか。
ゴーダマ・シッダッタは、出家し、悟る以外ないと考えられるようになった。
国王スッドーダナは、シッダッタが、出家者の生活に引かれてゆく気持ちを止めようと結婚をすすめられた。
16歳になった時、ヤソーダラー妃と結婚させたのであった。
やがて、二人の間に、長男ラーフラが生まれた。
国の誰しもが望む男の子が生まれ、幸福の絶頂にあった王子ゴーダマ・シッダッタ。
しかし、真理を求め人生の問題を解決しようという思いは、止まる事がなかった。
ついに、29歳の時、出家されたのであった。
取材地 インド サーンチー 大ストゥパー東門梁 太子の出家
自ら、真理を求めるために決断したものの、王子の地位を、両親を、その上、妻子をも捨てて出家されたシッダッタの胸中はいかばかりであろう…
マーヤー夫人堂を包み込むかのように、一本の菩提樹の大木がある。
大地にしっかりと根を下ろし、その枝は天にも届けとばかり生い茂っている。
この木を見る時、2500年という時空を超え、ブッダが全てを犠牲にして得られた真理を、いつの世の人々にも、語り掛けているようである。

次章は、「弱肉強食」動物の世界も人間の世界も同じ。シッダッタは苦行にて悩みを解決しようと実行したが・・・。
2010年8月公開予定